生産を見える化しよう

1.養豚における遺伝子の意義

遺伝子とは、生物の形や成り立ち、性質、環境対応などを決めるもので、多くの遺伝子があり、DNAの形で親から子へと受け継がれていきます。この数2万5000個といわれています。これらが全部で20種類の染色体に分割されて収納されています。
豚の染色体は、母豚から19種類、種豚(雄)から20種類を子豚が引き継ぎます。内訳は、1番から18番までのポジションは普通の染色体(常染色体と呼ばれます)ですが、最後の19番目のポジションにおいては雄か雌かで異なります。最後の19番目は、雄ではXとYという2種類の組み合わせですが、雌ではXとXの組み合わせになっています。

子豚が雄の場合は、19番目がXとYの2種類をもつことになり、Yは雄(p)しか持っておらず、かならず種雄豚からもたらされます。雌の子豚の場合は、母豚(m)からきた2本のうちどちらかのXmと種雄豚から来たXpをもつことになります(図-1)。
また、雄か雌かを決定する染色体は、種雄豚から伝わるY染色体でありX染色体ではありません。この遺伝子を運ぶ染色体の組み合わせは受精の瞬間に決まりますので、去勢するかどうかなどの後の身体的な変化とか、環境の変化などとは無関係で一生涯変わりません。飼育環境が同じであれば、その豚の成長とか体質とか肉質などの品質は、親の持つ染色体にある遺伝子に依存することになります。

これらの染色体の中に、飼育特性や産子数、耐病性、質的あるいは量的な生産特性をあらわすムレ肉因子とかインシュリン様成長因子-2(IGF-2)、成長ホルモン(GH),成長ホルモンレセプター(GHR)、霜降りなどのQTL遺伝子があるわけです。
もちろん他にも多くのこういった遺伝子があると考えられますが、解明されていない遺伝子のほうがずっと多いのが実情です。また、掛け合わせの系統によっては、「期待する形質の遺伝子があるのに期待される形質が出ない」「形質が不安定」「“先祖返り”してしまった」などの、育種上、系統間の“相性”とでもいうようなことも起こります。
しかし、こういったことは、単なる“相性”とかではなく、遺伝子の組み合わせや相互作用などによって、遺伝子の働きのひとつの流れができたり、切れたり、お互いに干渉したり、変異や変調、あるいは移動したりして起こると考えられるわけです。

図-1)染色体番号と組み合わせ

染色体番号と組み合わせ 雌子豚

雌子豚:合計19×2=38本

染色体番号と組み合わせ 雄子豚

雄子豚:合計19+(18+1)=38本

2.遺伝子型判定と個体ID化とは?

(1)マイクロサテライトと一塩基多型

短い塩基配列の繰り返しがゲノム中に存在しマイクロサテライト(Micro Satellite: MS)と呼ばれます。その繰り返し数は個体固有なので、その領域をPCRにより増幅したり塩基配列を調べたりして長さを比較する手法があります。
一方、ゲノムの中にはある場所の塩基がひとつだけ個体によって違っていることがあり、それをSNP(一塩基多型)といいます。SNPはゲノム全体ではかなりの数になりますので、その分布をパターン化すると個体ごとの特徴として使えます。
個別の役割をもつ遺伝子が、SNPをもち、それによって機能が変化していることがあります。このような変異はRYR1(リアジノン受容体1)遺伝子のSNPにみられるように(後述)、重大な品質劣化の要因になる場合があります。

(2)遺伝子型判定による個体への識別(ID)の付与と親子および系統判定

2万5千個にもおよぶ遺伝子の集まりの結果として豚の品種や系統があるわけです。
簡単にいえば、親によって、生産性がよく欠点の少ないいい遺伝子が集まった“良質な染色体”と、そうでない“良くない染色体”があるということになります。
そこで、染色体ごとにMSやSNPのマーカー領域というものを設定し、その長さや塩基の違いを検出し個体ごとにその性質とともに比較すると親子を含めた動物の類縁関係や品種・系統を判別することができます。
このように生まれた豚は、雄親と雌親それぞれから別々に引き継がれた、固有の遺伝子座の組み合わせを持つことから、それらを分析してデーター化することを個体ID化ともいいます。
また、この個体が持つ固有のマーカー領域の対立遺伝子座の型によって類縁判定することを遺伝子型判定(アリル判定)といいます。また、この組み合わせの個体の固有性を利用した個体ID化とも呼ばれます。実際に19本のうち、10本の染色体について、アリル判別をした場合を図-2に示します。この判定を、必要があればすべての常染色体(18本)および性染色体2種類(XとY)について拡張することができ、より完璧に遺伝子型判定を行うことができます。

図-2)10本の染色体について、MS遺伝子座を用いて遺伝子型判定した場合

10本の染色体について、MS遺伝子座を用いて遺伝子型判定した場合

この図(表)において、sir1-5(種オス)とdam1-5(母豚)の親候補がいて、その子豚の候補がsample1-5であるとすると、子のsample2はdam3とsir3の親が持つ遺伝子座タイプ(アリル)どれかを必ず持っているので、親子と判定できます。
同様に子sample5はdam4とsir4の子と判定されます。それ以外の子の候補、すなわちsample1とsample2-4は、それぞれの両親候補の組み合わせでは持っていない遺伝子型がありますので、どの子でもないと親子関係が否定されます。

(3)個体ID化の種豚場での類縁系統判定の有用性

この個体ID化による系統判定の手法は、よく管理された種豚場においても有効に使うことができます。
育種においては、家系や形質、成績などの育種記録が完備しているわけですが、雄親あるいは雌親から受け継ぐ染色体は、それぞれ2本あるうちの一方のランダムな組み合わせのため、家系図が正確であっても遺伝子型としてどう受け継がれているかは、染色体ごとに判別しないとわかりません。

図-3にも示しましたが、雑種を作った場合、元親の中間にくるとは限らず、どちらかに偏ったり、むしろ先祖のほうに近づいていたりということが、遺伝子型判定によりよくわかり、交配の結果が表す形質をみてなるほどです。これは、系統の予測が科学的に納得できる内容であり、育種選抜の遺伝系統的方向性を導くのに大いに参考になると思われます。
ブランド豚形成の過程において、両親やその系統のもつ遺伝子型の組み合わせが意外にある方向に寄っていく、交叉が起こるとか、あるいは先祖に返る場合もあることもわかるわけです。開放型あるいは閉鎖型育種のどちらにも有効に使うことができます。
これをさらにつきつめれば、求める性質がどの染色体のどのあたりにあるということを解明しより明確に育種を進める指標としても期待されます。

ここで留意すべきは、常染色体1番から18番は、親においておのおの1本ずつ先祖の異なる親から引き継がれたものが組みになって2本ずつになっていることです。
この組み合わせは、どちらの側から来るかは事実上ランダムなので、mがくるかpがくるかは両親の持つ染色体の範囲でばらつくことになりますから、子どもは両親の完全な中間の性質ということではなく、多かれ少なかれ、どちらかに偏っている形質の集合になるわけです。
さらに、受精のとき、種雄側から持ち込まれた染色体上の特定の遺伝子が不活性化したり、逆の場合もあって、子の持つ形質がどちらかの親の性質だけを現すこともよくあります。
エンドウやイネのように、植物では対になる2本の染色体がすべて同一である作物も多いですが、家畜ではまずありえません。雄の性染色体(XとY)を除き、遺伝子は2個ずつ対になっていますから、このひとつひとつの遺伝子の型をアリルといいます。
雌雄の親の2本ずつある染色体が一本ずつにランダムに分かれて精子や卵子ができる、減数分裂という過程と、受精の時に起こる染色体セットの組み合わせの多様性のために、同腹でも子豚一頭ごとに基本的には性質は異なることになります。
これは、人間でいえば、一卵性双生児が、全く同じ遺伝子型をもつクローンであるために個体の区別が難しいのに対して、2卵生双生児や多卵 生多胎児は、受精卵が互いに異なるため遺伝子型が異なり遺伝的に同一ではないので、顔立ちや性質が違うのと同じ原理になります。
つまり、どの子豚も両親が持つ遺伝子型アリルの組み合わせのどれかではありますが、同一のアリルの組み合わせにはならないため、個体ごとに遺伝子型が異なることになり、同じ両親の子豚でも個体によって性質が微妙に異なることになるわけです。
両親とは異なるとはいっても、一卵性の双子(多胎)であれば、兄弟同士では同一の遺伝子型になります。

しかし、両親から受け継がれた各番号染色体のどちらかに由来するアリルしかもたないことは確実なため、両親の染色体の遺伝子型のアリルを判別しておけば、子豚がその両親の子であるかどうか、兄弟かどうか、あるいはどの系統の子であるかを判別することが可能になります。
また、その子豚の持つアリルの組み合わせにより、どちらの親のパターンに寄っているか、すなわち、どの染色体がどちらの親のどちらの系統から受け継がれたかといった家系図だけではわからないことが、遺伝子型判別により染色体毎に判別できることは、育種や系統管理においても非常に有用な知見となり得ます。
これをつきつめれば、あるブランドの決定的な形質が、どの染色体によって運ばれているかまで分かり、それを指標に効率的に、より具体的にイメージしながら交配・育種を行うことができるということになります。

優秀な育種家には、遺伝子を分析しなくても、遺伝子型が見えるといえますが、やっぱり遺伝子型は分析しないと見えないものです。これが、“育種の見える化“というものの意義であるといえます。

(4)ミトコンドリアゲノムによる母系判定

これまでは、細胞核にある遺伝子による遺伝子型判定について述べてきましたが、細胞の中にあるエネルギー生産器官であるミトコンドリアにも遺伝子があります。
ミトコンドリアは母親から子へと、卵細胞を通じて伝達されますが、雄親からは伝達されませんので、このミトコンドリアの遺伝子型を調べると母系がわかりますが、畜産の世界では、今のところ研究以外ではあまり一般的ではないようです。

3.遺伝子型判定と豚の優良系統の関連付けへの利用―育種・生産段階でのトレーサビリティ

これまでに述べてきたように、豚の遺伝子を調べれば、豚の性質・品質まで事前に予測できることになりますが、実際は、肉質とか味とか言ってもそれに関わる遺伝子は多数あり、肉質だとかを遺伝だけで正確に特定するには程遠いといえるでしょう。
一番手っ取り早いのが、この遺伝子を収容する染色体の元親を調べ、どの系統の子どもかを調べることです。
親が良質で健康な系統であれば、その子どもも良質である可能性が高いというあたりまえの遺伝の原理です。
病気遺伝子を持っておれば、その子にも伝わります。
実は、日本の種豚場にはそういった優良な性質を重視して原品種として保存し育種し改良を重ねてきた、すばらしい遺伝資源があります。

図-3)A農場のブランド系統:ある種豚場のブランド豚の独自の種集団の遺伝子型の分布(類縁関係)の様子

A農場のブランド系統:ある種豚場のブランド豚の独自の種集団の遺伝子型の分布(類縁関係)の様子

[B-1]バークシャ 系統1
[B-2]バークシャ 系統2
[D]デュロック
[L]ランドレース
[Y]中ヨークシャ
[W]大ヨークシャ
[M]満州豚
[MMP]マイクロミニ豚(実験動物)

雑種記号
[LY]L×Y
[YB]Y×B
LYB、LWY、3元豚 末尾のBまたはYが止めオスの品種を表す。

店頭販売されている国内ブランド豚の精肉に対しておこなった類縁系統判別の種豚系統樹における位置:4種類について“国内ブランド1-4”で表した。また、同様に販売されている米国産豚肉の遺伝子型判定例の位置についても“米国産”として表示した。

図-3を見ると、この種豚場の例では、デュロック、ランドレース、中ヨークシャ、大ヨークシャはほぼ一系統、バークシャと満州豚は2系統あること、が分かります。また、別の種豚場の独自の種集団は、これらの原種品種からは明らかに異なる、独自のブランド豚としての類縁集団をうまく形成していることが分かります。また、図-3のこれらの食肉豚のアリルにはイノシシとの共有性もみられ、類縁関係からもイノシシを先祖として分かれてきたことも分かります。

また、ムレ肉因子のような、特定の遺伝子が対になる(ホモ)ことによって、問題形質が出てくる場合は、単純にその遺伝子を持っている豚の系統を、必要ならば希釈し優良形質と分離後淘汰し、育種や生産の段階では親からはずすことは容易です。図-4にその分析例を示します。この図の②のように、正常型と変異型からなる遺伝子対(アリル)をもつ個体は見掛けではムレ肉とはわかりませんが、この個体を用いて掛け合わせをすると、交配相手がこの変異型遺伝子を持っていると、その子に③のようなホモの変異型が現れ、ムレ肉となってしまいます。このように、持っているが対(ホモ)になっていないため、問題の性質が現れない場合をキャリアといいますが、このキャリアは突然現れるわけではなく、系統単位で持っている集団があるわけです。そこで、遺伝子型判定で農場の豚の類縁系統を記録して図-3のように“見える化”しておけば、キャリアが発見された段階で、検査すべき対象の選別やその系統の選別・特定が可視的に容易に行うことができ、整理・淘汰するということが大変有効な経済的な手段になります。見ただけではキャリアであるかどうかはわかりませんが、遺伝子検査は生後すぐにできるので、飼養する経費の無駄がありません。これは、飼育スペースも餌も手間も無駄をしないですむため、育種家や養豚家にとって大きなメリットであることは間違いないでしょう。このように、遺伝子型判定や遺伝子検査は育種・生産段階のトレーサビリティになるわけです。

図-4)ムレ肉因子の遺伝子分析例

ムレ肉因子の遺伝子分析例

PCRによりRYR1(リアジノン受容体1)の遺伝子領域をPCRで増幅したのち、特定の塩基配列を認識して切断する酵素で処理し、電気泳動法によりサイズを分析した。正常型は、酵素で切断され大きさ小さくなり、下のほうに検出されるが、その切断場所に塩基変異があると切断されなくなり、大きいサイズとして検出される③。
RYR1の遺伝子は種雄と母豚の両方から継承されるため、子に変異型と正常型の2種類が混じっていると②のように①と②が混合したふたつのサイズが検出される。

その他の遺伝子の変異や性質が及ぼす豚の経済的品質への影響については、IGF2とその変異が増体に関与するQTLとして知られており、種雄から持ち込まれる遺伝子が機能するタイプです。
その他、同定されている、あるいは推定されているQTLについては、他の文献で紹介されています。
また、染色体の交叉や遺伝子の転移などの非単純メンデル性遺伝、妊娠母豚(胎児期)を含めた個体の履病歴や環境要因による免疫遺伝子の組み換わりなどの非遺伝性の遺伝子変調(モジュレーション)やエピジェネティックな遺伝子発現変化もありますが、ここでは触れません。

4.遺伝子型判定による流通段階でのトレーサビリティ

(1)ブランド豚の遺伝子型

店頭販売されている精肉に対してこの遺伝子型判別による類縁判定を行った結果も図-3に示してあります。精肉からの遺伝子型判定は、赤味や脂肪部分のどちらからでもできます。
この図から、これらブランド豚のそれぞれの原種の雑種の様子がよくわかります。

例えば、国内ブランド4(LYB)は、バークシャに寄っており、国内ブランド2(LWY)はLとYの中間に来ています。こういった遺伝的特性の違いが、それぞれのブランドの特徴の反映であるわけです。
ここでは、一例しかありませんけれども、米国産の普通の豚肉(食味、肉質が国産ブランド豚より劣るもの)については、調べた範囲では、国産ブランド豚の類縁系統性の分布の特徴とは違う特徴の方向性を持っていることがわかると思います。
こういったことが、美味しさや肉質につながっているということです。

(2)産親証明と生産証明

この遺伝子型判定技術は基本的に親子鑑定に使われる親個体の同定に使える精度があるため、パックされたお肉は、どの親豚種豚のものかが分析により明らかにでき、図-5に示したように流通段階でのトレーサビリティを提供することになります。この方法の特長は、その子豚を生んだ親豚はいずれ寿命が来て死亡していなくなってしまいますが、その親豚の遺伝子型を分析して記録に残しておくと、何十年後にお肉を分析しても親あるいは個体の遺伝子型判定結果を照合して親あるいは出荷した豚を鑑定できるわけです。この場合は親(種雄と母豚)だけ遺伝子型判定をしておけばいいので、出荷豚1頭あたりのコストは、母豚1頭が生涯生む出荷に至る子豚の数(例えば70頭)で割ったものになりますので、100円以下になります。この考え方によるトレーサビリティの付与は生んだ親の証明すなわち産親証明になります。
また、市場に出す豚についても全頭に遺伝子型鑑定や遺伝子検査を実施し生産証明に記載することにより信頼をかちえることができるのであれば、1頭あたりの遺伝子型判定コストに十分に見合うものになると考えられます。世に誇るブランド豚を育成したら、その遺伝子型の記録を永遠に保存しておく意義は大変大きい訳です。

図-5)遺伝子型判定によるトレーサビリティのイメージ-肉質を重視した原種交配の例

遺伝子型判定によるトレーサビリティのイメージ-肉質を重視した原種交配の例
流通している肉の遺伝型判定のメリット

流通している肉の遺伝型判定のメリットは?

店頭や在庫されている肉の遺伝子型判定を行えば、ブランド農場の記録といつでも照合ができるので、出荷してしまったり寿命を終えたりしていても、問題なく判定できます。

店頭販売される精肉

店頭販売される精肉

脂身、赤身どちらからも遺伝子型判定や遺伝子判定ができます。
店頭でみかける低品質の例(白っぽい部分が赤身にまざって膨れたように見えますームレ肉またはフケ肉といわれます)。